二硫化モリブデン(MoS2)の層数識別

ポストグラフェン材料

グラフェンは炭素原子の二次元結晶で、コーン型のバンド構造、高いキャリア移動度、高い透明度といった特長を持っており、2004年に最初の報告がなされてから非常に大きな注目を集めてきました[1, 2]。 グラフェン研究がもたらした知見の一つは、層状物質の層数を制御(単層化)することによって全く新しい物性が得られることです。 この考え方は、グラフェンだけでなく遷移金属ダイカルコゲナイド(MoS2やWS2など)にも適用されており、大きな注目を集めています[3]。

二硫化モリブデン(MoS2)は遷移金属ダイカルコゲナイドの一種であり、二次元結晶の層と層がファン・デア・ワールス力によって弱く結合しています。バルクとしてのMoS2は間接遷移型のバンド構造を持ちますが、単層二次元結晶のMoS2は直接遷移型のバンド構造を持つことが示されました[4]。また、MoS2はバンドギャップと高いキャリア移動度を持つためトランジスタなど半導体デバイス応用の観点からも注目を集めています[5]。 層数による物性の違いや半導体デバイス応用を研究するためには、層数判定が重要になります。ラマン分光法は、AFMや光学顕微鏡と並んで、層数判定のための主要な測定手法です[4]。 

下の画像は、テープ剥離によってシリコン基板上に作製されたMoS2薄膜のラマンイメージです。 場所によって層数が異なるサンプルに対しては、ラマンイメージングによって層数を可視化することができます。12,000点でのラマンスペクトルを測定し、各点での層数を評価してラマンイメージを作成しました。 赤色が二層、緑色が三層以上のMoS2を表しています。二層以上の層数については、ラマンピーク位置から以下のように識別できます。

多層MoS2薄膜のラマンイメージ(■:404cm-1、■:409cm-1のピーク強度)
励起波長532 nmスペクトル数12,000 ※画像はその一部分
対物レンズ100倍 (NA=0.90)測定時間15分

ラマンスペクトルのピーク位置による層数の判定

右図は選択領域で平均したラマンスペクトルです。このラマンスペクトルの385cm-1付近と408cm-1付近のピーク位置から層数を判別しました。MoS2では層数の増加に伴い385cm-1のピーク位置は低波数側にシフト、408cm-1のピークは高波数側にシフトします。単層から四層までは明確にピーク位置が変化しますが、五層以上ではバルクとの区別が難しくなります。このサンプルでは二層から四層を識別していますが、単層のMoS2でも明確に区別することができます。このようなサブミクロン以下でのラマンピークシフト解析は、高い空間分解能と高いピーク位置精度を誇るRAMANtouch/RAMANforceならではの測定です。

多層MoS2薄膜のラマンスペクトルとその層数

下図のように、ピーク位置をイメージングすることで、それぞれの位置での層数の変化が確認できます。また、光学顕微鏡像では五層以上の部分は多少白く見えますが、四層以下の区別はできません。

A1g(408cm-1)のラマンピークシフト解析と光学顕微鏡像

※このサンプルは、京都大学 松田一成教授、毛利真一郎研究員よりご提供いただきました。

層数の増加によるラマンスペクトルの変化について

■E12gモード(385cm-1のピーク)
層数によるVan der Waarls力の増加はあまり影響がなく、積層による表面構造の変化(staking-induced structure changes)や長距離での層間のクーロン力( long-rang interlayer Coulomb interaction)が原子振動の変化に支配的であると考えられています[6, 7]。 

■A1gモード(408cm-1のピーク)
面内に垂直方向の原子振動です。層数が増えることで Van der Waarls力が増加し、面間の原子振動が抑制されることで、ピーク位置が高波数側へシフトします[6, 7]。

MoS2の振動モードに対する原子変位

参考文献

[1] ”Electric field effect in atomically thin carbon films”, K.S.Novoselov, A.K.Geim, S.V.Morozov, D.Jiang, Y.Zhang, S.V.Dubonos, I.V.Grigorieva, A.A.Firsov
Novoselov et al.,Science | vol306, 666-669 | October 2004

[2] ”The rise of graphene”, A.K.Geim, K.S.Novoselov
Nature Materials | vol6, 183-191 | 2007

[3] ”Two-dimensional atomic crystals”, Kin Fai Mak, Changgu Lee, James Hone, Jie Shan, and Tony F. Heinz
PNAS | vol102, 10451?10453 | July 2005

[4] ”Atomically Thin MoS2: A New Direct-Gap Semiconductor”, K.S.Novoselov, D.Jiang, F.Schedin, T.J.Booth, V.V.Khotkevich, S.V.Morozov, A.K.Geim
PHYSICAL REVIEW LETTERS | vol105, 136805-136808 | September 2010

[5] ”Single-layer MoS2 transistors”, B. Radisavljevic , A. Radenovic , J. Brivio , V. Giacometti and A. Kis
NATURE NANOTECHNOLOGY | vol6, 147?150 | January 2011

[6] ”From Bulk to Monolayer MoS2: Evolution of Raman Scattering”, Hong Li, Qing Zhang, Chin Chong Ray Yap, Beng Kang Tay, Teo Hang Tong Edwin, Aurelien Olivier, Dominique Baillargeat
ADVANCED FUNCTIONAL MATERIALS | vol22, 1385?1390 | April 2012

[7] ”Anomalous Lattice Vibrations of Single- and Few-Layer MoS2“, Changgu Lee, Hugen Yan, Louis E. Brus, Tony F. Heinz, James Hone and Sunmin Ryu
ACS NANO | vol4, 2695?2700 | April 2010